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今日、俺は自殺を請け負う。

 目の前でコーヒーを飲む少女は、至って冷静だ。これから死のうとしている人間とは思えない。

そして、俺がこの少女を殺そうとしているだなんて、一体誰が想像するだろうか。

 深夜のレストランで、目前の少女はよく目立つ。その要因は彼女の服装だ。

金色に染められたウェーブがかった髪。

頭頂部には過剰にレースが装飾された、黒いヘッドドレスを着けている。

服は全身真っ黒で“ヒラヒラ、フリフリ”としか形容出来ないレースやリボンが満載のドレスを着ている。

これは少女趣味というのだろうか。

俺にはそれを判断する知識が無いが『ゴシックロリータ』という奇抜な服装だということは、なんとなく解る。

涼しげな瞳が特徴的で、この場合彼女の容姿は可愛いというより綺麗だとか華麗と表現する方が正しいだろう。

やや膨みを帯びた唇が、艶やかな薄紅色に染まっている。

彼女がこのような服装をしていなくても、恐らく男ならばつい見てしまうだろう。

反対に、シャツにジーンズといったごくごく平凡な格好をしている俺。

別段自分の服装にこだわりもないので、他人のファッションセンスを論ずる資格すら無い気もする。

少女が淡々とした声で言う。

「それで、私をどのようにして殺して下さるんですか」

 俺は困惑した。まさかこんなことになるなんて、想像していなかったからだ。

いや、むしろこれは僕が求めていた結果に違いないのだが、その事実を目前に突きつけられるとやはりたじろぐ。

「まさか、このごに及んで殺す勇気が無いなどとおっしゃったりしませんよね?」

「まさか。きちんと、お仕事はさせてもらうよ」

 少女の瞳に怒りの色が浮かんだので、俺は慌てて返事をした。

返答にやや安堵したのか、少女はまた表情を消す。まるで能面のようである。

どこか高飛車な少女はなめらかな動作で、バッグを机の上に取り出した。なにやら中を探っている。

俺はバッグに何気なく目をやる。英語は弱かったが『ゴルチエ』と表記されてる部分はかろうじて読み取れた。

ブランドに興味は無いが、高価なものなのだろう。10代の少女がブランド物のバッグを持っているなんて、世も末だと心の中で囁く。

 いや、むしろその少女を殺害しようとしてる自分の方が、よっぽど終わっている大人なのだが。

「どうぞ」

 少女はバッグから取り出した物をテーブルにそっと置いた。

「なんなの? これ」

 テーブルに置かれているのは、厚みがかった茶封筒だった。

「中身を見て下されば解ります」

 俺は言われるがままに中身を確認しようとしたが、少女に制される。

「そっと見てください。他の方に見られないように」

 深夜のレストランなので人数は少なかったが、彼女は他者の目を異常なまでに気にしているようだ。

そこまで念を押すということは、どういうことだろうか。不思議に思ったが、俺は彼女の言う通りこっそりと中身を覗いた。

 仰天した。茶封筒の入り口から覗いていたのは、誰もが求める偉人の姿だったのである。福沢諭吉。つまり、1万円札の大束だったのだ。

 信じられず、俺は何度も何度も中身を確認してみる。表面だけが1万円で、他は新聞紙なのではないだろうか。

もしくは、全部プリントアウトしただけの偽札なのではないか。一枚だけ取り出してすかしてみる。

「本物ですよ。その束、全てで100万円あります」

「こんな大金を何処で?」

「それを貴方が知る必要がありますか? これは貴方に払う礼金なのです。何も言わずに受け取って下さい」

どうやら、彼女は自分を殺してくれるお礼にこの大金を用意したらしいのだ。自分を殺す相手に礼金を払うだなんて、聞いたことが無い。

「どうして、君はそこまで死にたいんだい?」

「それを話す必要があるのですか」

 抑揚の無い声色だ。年上の俺の方がたじろいでしまうほど、この少女は落ち着いていた。

「必要か不必要かでなくて、どうせこれから君は俺に殺されるんだからさ。

その前に少しだけ君のことが知りたいって思ったんだ。駄目かな? だって俺達、お互いの名前さえ知らないじゃないか」

 正直な気持ちだった。俺はこの少女に興味を抱いたのだ。

「貴方は不思議な人ですね……。殺す相手のことを知りたがるなんて。普通逆ではありませんか?」

「そう、なのかな」

「ええ。相手の身の上話なんて聞いてしまえば、情が移ります。

こうこうこんな苦労がありまして、なんてことを聞いて心揺らいで殺すのを止めてしまう方だってきっと居ますわ。

よっぽど、自信がおありなのね。人を殺すことに」

少女の顔がくにゃり、と歪んだ。それは俺が初めて見た彼女の微笑だった。心臓が不穏に脈打った。

困惑と魅了の両方の意味でだ。微笑を浮かべた彼女は、無表情の時よりずっと素敵に感じた。

「では、私、名乗らせて頂きます。私は 風雲寺 -ふううんじ  ノエルと申します。ふううんじは風に雲に寺、とそのままです。ノエルはカタカナ」

「ノエルちゃんか。良い名前だね。ハーフなの?」

「クオーターなのです。祖母がチェコ人でしたの」

言われてみれば、ノエルちゃんの顔はやや日本人離れしている。

目鼻立ちがはっきりとしているけれど、言われてみればそうかなという程度だ。

「貴方は?」

無糖 杉夫-むとう すぎお  です。杉夫で良いよ」

「解りました。杉夫さん。私もノエルで構いません」

「オッケー。じゃあ早速ノエルちゃんのことを聞かせてくださいな。こんな大金を払ってまで死にたい理由をさ」

俺は大金の入った茶封筒を振ってみせた。100万円の厚みで弾力を感じるほどだ。

本当ならすぐにでも懐に仕舞いたいところなのだが、流石に今はそんな気分にはなれない。

現金を受け取る興奮よりも、目前の美少女がいかにして死にたがりになったのか、それを知る興奮の方がはるかに勝っていた。

「理由を述べる前に、依頼内容を先に言わせて頂いてよろしいかしら?」

 俺はやや落胆したが、素直に頷く。

「私を殺した後、その死体を誰にも見つからないように消して頂きたいのです。髪の毛一本残さないように」

「……どういうこと?」

「消して欲しいのです。私の存在を、一片も残さず。私という存在が最初からこの地球上に無かったことにして下さいませ」

正直困惑した。ノエルちゃんの目的は死ぬことではなく、死んだ後にいかにして消えることなのだった。

しかしどうして。ノエルちゃんに対しての数々の疑問ばかりが俺を急かす。

「それは、不可能でしょ」

 俺は簡潔に言った。

「何故」

 ノエルちゃんの目が鋭く俺を見る。予想した以上に遥かに冷たい視線がそこにはあり、一瞬にして恐怖に貫かれた。

 なんなのだろう。この風雲寺 ノエルという少女は。まるで何もかもを知っているかのようにすら感じる。

体は華奢だが、見た目とは裏腹にその内部には底知れぬ重厚な精神がある。

「何故って、ノエルちゃんは確かに今存在しているから。君を消すことは出来るけれど、無かったことには出来ないだろう。

今まで生きてきた中で、君という存在は確実に地球上に存在していたからさ。戸籍だってあるだろうし」

「戸籍なんて、ありませんのよ」

 え、とかすれたような声が漏れた。この少女は何を言っているのだろうか。

「そんなはずが無いでしょ」

「私は、居ない人間なのです。杉夫さん」



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