彼と私が出会ったのは遠い昔で、きっと生まれた時からずっと一緒なのだと思う。

曖昧なのは、物心が着く前の記憶が無いという至極当たり前の理由からだ。

 私は生まれてこの方、ずっと二つの肉体を持って生活してきた。

普通の人には理解出来ないことかもしれない。現に私はこのことを初めて明かした時、母親にさえ気味悪く扱われた。

そして今現在でさえ、母は私の言葉を信じてはいない。

 二つの体を持つことは、一般人にとっては奇妙な感覚らしい。

けれど、私にとってはそれが当たり前のことだから、今までの生活でなにも不自由していない。

 物心着いた時には、すでに私は「彼」と二人合わせて「私」だった。最初はそれが周りの皆も普通なのだと思っていた。

ある日私はうっかり母親にこのことを話したのだ。すると母は私の言葉に目を丸くして、酷い顔をした。

その時初めて自分以外の人間は、体を一つしか所有していないことを知った。

ちなみにここでいう母親とは、私の方の母親である。

 彼に母親は無かった。それどころか、父さえも居なかった。

彼は自我を持った頃、すでに孤児院での生活が始まっていた。

一方私はその頃普通の幼稚園に通っていて、事故で死んだ父もまだ生きていた時期だ。暖かい家庭だった。

3つ年上の姉も優しく接してくれて、私の人生の絶頂期だ。

だから尚更私は混乱した。彼に両親は無いのに、私には両親がある。

けれど「私」と「彼」は同じ人間なのだ。不思議な感覚だった。

 幼稚園では自分のことを「私」と呼び、孤児院では「僕」と呼ぶ。まずこの違和感が拭えなかった。

私はこの時点で混乱を避けるため、男の子の方の自分を「彼」と呼ぶようになった。

それ以来、何故か混乱がぴたりと止まった。

同時に見ていた景色が、どこか変わった。

私は「蜜柑」という名の女の子の方が主体になっていた。またもや奇妙な感覚だった。

まるで真ん中から二つの景色を映していたカメラが、片側に寄ったようだった。

 どちらにしても、私と彼は同じ人間だったから感覚自体はあまり変わらなかったのだけれど。

それ以来、すべてがスムーズになった。私は私と彼の思考の使い分けが出来るようになっていたのだ。

スイッチを切り替えるように、私は彼になり彼は私にもなれるようになった。こうして一つの人格は、2つの体を行き来するようになった。

頭の中では、二つの風景を見ているけれど、意識は二人とも同じなのだ。最初は不慣れだったが、次第にそれが普通になっていった。

 そして私は罪を犯した。いや、彼に犯させた。つい昨日の話だ。

「私が悪いんじゃないわよね」

「そうさ。君は悪くない。人のためにやったことじゃないか。あんな女の1人くらい死んでも、世の中はなんの表情も変えないさ」

「変わったのは私の表情だけね」

  布団の中、強張った顔で私は呟いた。思わず苦笑いが漏れる。

どうやら二度目の眠りは訪れてくれないらしい。冴えた頭の中で、私は一つのことを思いついた。我ながら物騒な考えだ。

「昨日、私ナギちゃんに人を殺したって言ったわよね」

「言ったね」

「じゃあ、私の学校で人が死んだわけだから、ナギちゃんは私を疑うわけよね」

「そういうことになるね」

「警察に言うかしら」

「さあ。時間の問題じゃないかな」

 一人芝居を続けながら、私のアイデアは確信に変わった。

「ねえ。次は上手くやるわ。だから、今度も力を貸してちょうだい」

 その言葉の返答は一つに決まっていた。それ以外の返答があるはずも無かった。

「ああ。もちろんさ」

 最初から決まっていた答えだ。そして、次は誰を狩るかが決まった瞬間でもあった。



 私は部屋でファッション雑誌を見ている。

その頃彼は、ナギの高校の正門前に立っていた。雑誌に写っている可愛いモデルと、正門の映像が重なる。

「上手くやるわ。絶対に」

 私は口に出して言ったが、彼は閉口したままだ。

顔が目立たないよう深い帽子を被って、彼はしばしの時間をそこで過ごした。

数分後、溢れ出すように正門から生徒が出てきた。歩く生徒も居れば、自転車で出てくる者もいる。

なんら変わらない平凡な下校風景だ。

 その中で、激しく見覚えのある少女を見つけた。ナギだ。

私はファッション雑誌を持つ手に汗を滲ませた。

彼の鼓動が早くなるのを感じる。私は思い切って、彼をナギの元へと向かわせた。

「ナギちゃんだよね?」

 突然の言葉に、ナギは不審そうな顔をした。当然の反応である。

「あんた……誰?」

 訝しげな顔をして、ナギは彼の顔を穴が開くほど見つめた。

すると、彼が彼女の予想以上に端整な顔立ちと知ったようだった。

その証拠に、妙によそよそしい態度になり、媚びるような目で彼を見つめた。

「私に、何か用かな?」

 色っぽい声を出し、ナギは上目遣いで彼を見つめる。

笑顔にかたどられた唇には、テンプラ油と見間違えるほどのグロスが塗られていた。

「蜜柑の友達だよね?」

 彼の言葉に、ナギは少し驚いた顔をした。そしてすぐに、なるほどと納得の表情を浮かべる。

「あぁ。蜜柑の彼氏?」

 落胆した声色だった。

「いや、そんなんじゃないんだ。ただの友達」

「ふぅん。まあいいや。で、なんか私に用?」

 ナギはまだ彼氏疑惑を捨て切れていないのか、ぶっきらぼうな口調で言った。

「ここじゃ難だから、歩きながら話さない? 蜜柑の高校の事件のことなんだけど……」

 彼の言葉を聞き、ナギの表情が明らかに変わった。

恐らく、昨日の私の言葉を思い出したのだろう。

「……別に良いよ」

 平静を装っているが、下手な演技だ。

ナギは痛んだ髪を軽くかき上げて、彼と共に歩き始めた。

とうとう私はファッション雑誌を閉じて、二人の様子を観察し続ける。

「で、蜜柑の高校の事件についてって……何?」

「君も知ってるだろう? 昨日の夜、蜜柑の高校の生徒の死体が川に浮かんでたって」

「ニュースで見たよ。ひっどいよねぇ。犯人、マジで頭おかしいんじゃない?」

 そんな言葉はどうだって良い。私がどれだけ侮蔑されたって良いのだ。

私が欲しいのはそんな言葉じゃない。ナギの命だ。

「僕も酷いと思ったよ。それについてなんだけど……蜜柑、何か君に妙なこと言ってなかった?」

 真剣な声に、ナギは目を見開いた。私が彼で無くても、その異変に気づいているだろう。

なんて正直な女なのか、と思わず私は笑ってしまった。もちろん、彼には笑顔は無かったが。

「妙なことって?」

「昨日蜜柑に会ってね。喫茶店で君に出会ったと言っていたんだよ。それからずっと様子が変だった。

その後にあの事件が起こった。……僕が思うに……その、つまり……」

「蜜柑を疑ってるってわけ? 彼氏なのに」

  だから彼氏じゃない、と言い返そうと思ったがやめた。そんな言葉で水を差してはまずい。

簡潔な言葉で彼女を死へと誘うのが第一だ。

「そういうわけじゃない……だけど、あれから蜜柑の様子が明らかにおかしいんだ。

だからあの前に会った君なら何か知ってるんじゃないかと思って……」

  我ながらスムーズな流れだと感心した。私にもこれだけの話術があったのか、などと思うのは自惚れなのだろうか。

「……確かに昨日、蜜柑と会ったよ。久々だったから、驚いて声かけたんだ」

 隠す必要が無いと思ったのか、ナギは案外簡単に口を割った。彼女も私を少なからず疑っている証拠だろう。

やはりこの計画に間違いは無かった。

「どんな様子だった?」

「どんなって……蜜柑は、なんかぼーっとしてたよ。後から聞いたんだけど、自分がカップ割っちゃったんだってさ。

あんまり久々に会ったし、声かけた手前私も手伝ったんだけど。その後に、なんか妙なこと言ってたね」

「妙なこと?」

  聞かずとも私はその言葉を知っている。わざとらしい演技をして、私はナギの言葉を待った。

「人を殺したとか……ね」

 どこかのサスペンスドラマのようなセリフだった。

ナギ自身もこの不思議な雰囲気を楽しんでいるのだろう。自分が重大な秘密を握っているという優越感によるものかもしれない。

それほどその言葉は熱を帯びていた。

 私は、いや彼は「信じられない」と言いながらそれにそぐった表情を浮かべなければならない。私は腹がよじれそうだった。

「まさか蜜柑が……? このこと、もう警察に言った?」

 言葉が震えそうだったが、なんとか堪えて平静にものを言う。

警察に言っているならば、この計画の意味は無い。私は自分の人生を諦めなければならないかもしれない。

 長い沈黙が続いた。室内の私は、顔から汗が噴出しそうだ。

「言って無いよ。友達を売るようなことするわけないじゃん!」

 ナギのあっけらかんとした声が響き、私は思わず大きな笑みを浮かべた。

彼が同じ表情にならぬよう細心の注意をはらいながら、私は安堵した。

「そっか。ならさ、蜜柑に詳しく話を聞いて欲しいんだ。もし本当に蜜柑が犯人だったら……残念だけど、自首させなきゃ」

「なんで私がそんなことしなきゃならないわけ?」

 もっともな言葉だった。けれど丸め込む自信はある。

「僕一人だったら説得力に欠けるからさ。やっぱり女の子同士の方が心を開いて話しやすいかもしれないし。

僕は蜜柑と出会って間もないから、長い付き合いの君の方がきっと上手く説得できると思うんだ。……お願いだよ、ナギちゃん」

  彼はすがるような目線でナギを見つめた。この目でものを頼んで断られたためしはそう無かった。

  案の定ナギはこの瞳にすっかりやられたようだった。彼女は下心丸出しの表情を浮かべて微笑んだ。

「そうだね……。わかった。力になれるかはわからないけど、やってみるよ。蜜柑は大切な友達だしね」

「そうね。ナギちゃんは、私にとっても……とても大切な友達よ」

 私は部屋で呟いたが、その言葉は誰にも届かなかった。

なんて素敵な友達なんだろう。私を疑ってなおかつ、彼に色目を使う素敵なマイフレンド。

私は苦く笑いながら、再びファッション誌に目を戻した。

淡い色合いのワンピースが写っていた。ナギの死体を隠し終えたら買いに行こうと決心した。



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