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 その夜、俺の元にメールが届いた。トモからだ。携帯の電話番号が書かれている。

 多少の疑心を抱きながらも、俺はその番号に非通知でダイアルした。

 短い電子音が鳴った後、それは繋がった。

「もしもし」

『も、しもし?』

 小さいが、可愛らしい声が受話器越しに聞こえる。

「あの、トモさんですか?」

『はい……私がトモです。あの、もしかして自殺請負人さん?』

「そうです」

『ああ! やった! 嘘みたい! まさか本当に繋がるなんて!』

 歓喜の声が響いた。耳をつんざくような金切り声に、俺は思わず耳を塞ぐ。

こんなに喜んでいる人間、ここ数年お目にかかったことが無い。

「あのぅ……」

『ご、ごめんなさい! あの、私ここ数日誰とも話してなくて……いや、話せない状況になっていて。

まさか貴方が信じてくれるとは思わなかったんです! だから嬉しくて!』

トモは相当興奮しているようで、息も絶え絶えだ。到底演技だとは思えない。どうやらイタズラではないらしい。

そりゃあ俺だって昔だったら信じていない。けれど、ノエルちゃんやエラトのような人間に出会ってその考えは180度変わった。

世の中にあり得ないことは無い……と思う。

「話せない状況ってどういうこと?」

『こっちの世界では、誰も私のことが見えないんです。だから気が狂いそうで……

貴方に連絡しようと思ったのは、もうこんな世界に居るくらいなら死んでしまおうと思ったからです』

「でも、その様子じゃ死ぬ気が吹き飛んだみたいだね」

 冗談めいて言うと、トモは慌てた様子で口を開いた。

『駄目、ですか? もしこの世界から出られなかったら、私は死んだ方がマシだと思っています。

最初はこんな世界も良いかもって思ったけど、やっぱり辛いですもん。

けど、出来るだけベストを尽くしたいんです。タダでとは言いません。協力して下さいませんか?』

「タダでとは言わないって……君、中学生でしょ?」

『確かにお金はそんなにありませんけど……バイトでも何でもして払います』

 困ってしまった。ここまで懇願されては、断ることが出来ないではないか。

「あのね。俺そこまで落ちぶれてないよ。中学生から金たかる大人ってどうなのよ」

 本心だった。それに、父親のお陰で金なら有り余るほど持っている。別に必要無い。

『え、じゃあ……』

「別にお金なんていらないよ。ただし、約束して欲しい。まず俺のことを誰にも口外しないこと。次に、俺は君の自殺を請け負わない」

『何故ですか!?』

「だって、君は今妄想の世界に居るわけだろう? そしたら、君の身体はどうなってると思う?」

『多分……あの後気絶したままだから、病院に運ばれてる、かな』

「そうでしょ。そしたら、俺は君を殺すことになってしまう。俺は、自殺を請け負うのだけど、殺しを請け負うわけじゃない。

だから君を殺さない。最終手段を選ぶ時は君の意識は現実に無いのだから、俺が直接手を下すしかなくなるわけだ。

それは俺の主義に反する」

『私を殺してくれるわけではないんですか?』

「ああ。だから、俺も君と一緒にベストを尽くすよ。とても興味深い出来事だしね」

『……ありがとう、ございます』

受話器越しにトモがすすり泣きをしている。恐らくここ数日間恐ろしかったのだろう。精神的にかなり弱っているみたいだ。

「兎に角、君の身体がどこの病院に運ばれているかが問題だなぁ……取り合えず、君の家の住所教えてくれる?」

『解りました。……あ』

「どうしたの?」

『もっと良い方法があります。請負人さん。会いませんか? 現実の世界で』



 翌日、俺はトモとの待ち合わせ場所に居た。

 街の中心部にある噴水の前だ。俺は携帯を取り出してトモにダイアルする。

『あ、もしもし』

「もう着いたよ」

『あ。はい。今、目の前にいます』

 俺の目の前には誰も居ない。どういうことなのだろうか。そもそも、妄想の世界にいるというのに、現実の世界で出会えるはずがないだろう。

いきなり説明もされずに待ち合わせを強要された上に、目の前に居るだなんて冗談を聞かされるハメになるとは。俺はやや落胆した。

「いるって、何処に?」

 少し苛立った声で言うと、トモは慌てて言う。

『怒らないで下さいよぅ。ほら、噴水の池。見てください』

 言われるがままに池に目をやると、透明な水面が揺れている。

そこに俺と女の子の姿が映し出されていた。確かに俺の前に女の子が居る。

 女の子は赤いワンピースを着ていて、黒髪のショートカットだ。華奢な体つきで、気弱な印象を受ける。

 俺は座っているベンチの前に目をやった。やはり誰も居ない……。

『なんか、鏡のようなものには映るみたいなんです。一昨日やったら、幽霊だって騒がれて……だからこれは使えるって思って』

「なるほど。現実での声や姿は見えないけど、電話や鏡がそちらと繋がっているらしいね。驚いたよ、正直」

『あんまり驚いてないっぽいんですけど』

「まあ、俺の周りもこういう奇妙なことばっかり起きてるからね……最近。普通の人間の数倍は驚いてないよ」

『奇妙なこと?』

「身体が2つある青年とか、文字から感情を読み取っちゃう女の子とか。それでいてそいつらを研究している変人科学者とかさ」

『なんなんですかそれ? なんか、面白そう!』

「そうかなぁ。実際に会ったら、多分疲れると思う」

思わず苦笑が漏れる。きっと彼らの相手をするのは、中学生の女の子には酷だ。大学生の俺ですら体力的にも精神的にも辛いのだから。

「それよりも、これからどうしようっていうんだい?」

『あ、そうでした。まず私の家に案内します。お母さんから私が居る病院を聞いて下さい』

「え。ちょっと待って。じゃあ、俺が顔出しするのはまずいかもしれない……。同い年の子くらいが行った方が違和感無いんじゃない? 

いきなり俺みたいなのが行ったらどういう関係か勘ぐられちゃうよ」

『あ。そっか。どうしよう』

いきなり言われて、ノープランの俺は正直困った。これからどうするべきだろうか。頭を回転させる。

「……OK。知り合いを呼ぶよ。ちょっと待って。一旦切るよ?」

『わかりました。じゃあ、私は請負人さんの隣で待ってます』

 俺の前から隣に移動したらしい。ベンチに座っている俺の隣に、腰を掛けたような感覚がある。

 俺は携帯を取り出し、ノエルちゃんにダイアルした。


 20分後、タクシーからノエルちゃんが降りているのが視界に入った。

 ノエルちゃんはこちらに足早に向かってきている。

 今日の彼女は普段と全く違う服装だ。パステルピンクを基調としたニットの服と白いフレアスカートを履いている。

正直、ゴスロリよりこちらの方が可愛らしい。

 高校生とは思えないほど大人びていて、小奇麗なお姉さんという言葉が一番しっくりくるだろう。

「もう。いきなりなんですの? 唐突に呼び出した上に、ゴスロリは駄目だなんて」

「ごめんね。でも、目立ったら困るんだよ。それによく似合ってるよ?」

「もう……杉夫さんの言うことだから聞きますけれど、私は嫌いなんですよこういうフワフワした服! 

先生は好みらしくて、いっぱい買ってくれますけれど。今回はその中でも、いかにもOL系ファッション雑誌に出そうなものを着てきましたわ。

若干、反吐が出そうです。あんな殿方に媚びることに重きを置いた雑誌を参考にするだなんて!」

「まあまあそう言わずに……ノエルちゃんは土台が良いから、何着ても似合うよ」

「まあ。口がお上手ですこと」

完全に不機嫌だ。ゴスロリを脱いだだけでどうしてこうも怒るのだろうか。

俺からすればむしろあちらの格好の方が、かなり勇気の居る服装だと思うのだが。

もし着ろと言われたら、反吐は出ないが恥ずかしくてたまらないと思う。

 ノエルちゃんは俺の隣に腰をかけようと身を屈めた。

「きゃっ!」

 短く上がった悲鳴に、俺は我に返った。そうだ。そこにはトモが座っていたのだ。

「なんですの? ここ、何かがあります!」

「ああ。あのねノエルちゃん。これにはちょっと事情があってね……」

 一連の流れを説明するのはとても面倒だ。俺はトモにダイアルして、ノエルちゃんに事情を話してもらうことにした。

 数十分後、ノエルちゃんはやっと事態を飲み込んだようだった。しかし、にわかに信じがたい様子だ。

「信じられないですが……まあ、そういうこともあるのかしら」

 ノエルちゃんの携帯から、トモの携帯にダイアルしている。そのためトモの会話は俺には聞こえない。

「信じてくれるかですって? ……まあねぇ。そりゃあ疑う気持ちもあるけれど……

私もこの能力を誰にも理解されず苦しんだ時期もありましたもの。周りが信じてくれないのは辛いことですわ。

それに、中学生の貴女にこんな大掛かりな仕掛けが出来るとは思いませんし。私に協力出来ることがあるならば、協力したいのですけれど」

ノエルちゃんはそう言って、トモがいるはずの場所を見つめた。なんとも聞き分けの良い少女だ。

あの時に自殺を請け負わなくて良かった。心底そう思う。

「じゃあ彼女が入院している病院を知りたいんだ。そのためにトモさんの自宅に行こうと思ったんだけど、いかんせん俺じゃ不審者すぎる。

だからノエルちゃんも一緒についてきてほしいんだ」

「ああなるほど。だからゴスロリは駄目だったのですね。解りましたわ。……ええ、なるほど。

トモさんが家まで腕を引いてくれるそうです。では、行きましょうか」

ノエルちゃんの服の袖がにわかに動いた。手首に掴まれている跡が見える。どうやらトモがノエルちゃんを掴んだようだ。

ノエルちゃんは携帯の電源を切ると、ゆっくりと歩き出した。

 俺はノエルちゃんの後ろに続いた。



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